28年ぶり史上16人目の完全試合を達成し、将来はメジャーリーグでの活躍も期待される佐々木朗希さん。
そんな佐々木朗希さんは、母子家庭で育てられた男3兄弟だそうです。
母親は保険の営業マンをしながら3人の兄弟を育てられていますが、佐々木朗希さんの父親はどんな方なのでしょうか?
そこで今回は、
佐々木朗希さんの家族構成について詳しく調べてみました。
佐々木朗希の家族構成は?
まずは、佐々木朗希選手のプロフィールについて簡単にまとめてみました。
画像引用元:https://thedigestweb.com/
高校時代から高校生投手史上最速タイとなる160km/hを計測し注目を集めた佐々木朗希さんは、2019年10月17日に行われたドラフト会議で、千葉ロッテマリーンズから1位指名を受け入団。
そんな佐々木朗希さんが育った家族環境は、
の5人家族です。
しかし、2011年の東日本大震災の時に父親と祖父母は、残念ながら犠牲者となり亡くなられています。
そのため、それ以降は母子家庭の4人家族ということになります。
【顔画像】佐々木朗希の母親は美人保険営業マン?
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佐々木朗希選手の母親の名前は、佐々木陽子さんと言います。
ネット上で、佐々木朗希さんの母親は若くて美人ということが噂になっていたようです。
日本を代表する投手を育てた母親とは、いったいどんな方なのでしょうか。
佐々木朗希の母親の顔画像は?
実は母親の佐々木陽子さんは、佐々木朗希さんが「千葉ロッテマリーンズ」から指名を受け、入団交渉をした際に同席をされていました。
佐々木朗希さんが入団した当時、母親の陽子さんは46歳でした。
母親の陽子さんにはあまり似ていないようですので、佐々木朗希さんは父親似なのかもしれませんね。
SNS上でも「とてもキレイだ」「美人すぎる」との声が続出していたようです。
「佐々木朗希の母親が美人すぎる」が話題になってて草 pic.twitter.com/yqy1iGuzXH
— たかちゃん☆ (@takachanman259) December 2, 2019
佐々木朗希さんもイケメンですので、母親が美人であっても不思議ではないですよね!
佐々木朗希の母親の職業は?
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震災当時、佐々木朗希さんの両親は共働きをされており、母親の陽子さんは現在でも保険の営業マンとして働かれているそうです。
でも、お母さんは教育ママというタイプでもないんです。スラッとした美人ですが、性格は気さくで天然ぽい感じ。 子供の意志を尊重する放任主義だそうです。今も、保険の営業マンとして活躍されています」(地元住民)
引用元:https://smart-flash.jp/
息子たちの為に保険の営業マンとして働き、育ち盛りの男3兄弟を立派に育てられたのでしょうね。
突然、最愛の夫をなくされ大きな不安もあったと思いますが、子供たちのために必死で頑張られてこられたのではないでしょうか。
佐々木朗希さんは、そんな母親のためにも野球を頑張ってこられたのでしょうね。
佐々木朗希の父親の職業は葬儀屋?
佐々木朗希さんの父親の名前は、佐々木功太さんといいます。
佐々木朗希さんの父親の職業は葬儀屋さんでした。
父親の功太さんは陸前高田でもリーダー的存在で、誰とでも仲良くしていて皆に愛される存在だったそうです。
「なんか、僕が言うのもあれですけど」と気恥ずかしそうに前置きしてから、少し胸を張った。「誰とでもすごく仲良くしていて、みんなに愛されていたのかなぁ、と思います。」
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地元の夏祭りなどのイベントでは、町内会を率先して盛り上げる太陽のような存在であったと言います。
気さくな性格で行動力もあり、周りから慕われる存在だったそうで、
と、佐々木朗希さんのことを認知する人も多いそうです。
ただ、皮肉にも前述した通り、東日本大震災の津波の被害者となり亡くなられています。
そんな愛される存在なことから、地元では「惜しい人を亡くした」と悲しむ人が多くいたと言います。
佐々木朗希さんにとって、父親の功太さんは大きな存在だったのでしょうね。
佐々木朗希と両親とのエピソードを紹介!
佐々木朗希さんは家族ととても仲が良かったそうですので、両親との思い出についても紹介していきます。
佐々木朗希と父親のエピソード
父親の功太さんはウインタースポーツが好きで、よく家族とスノーボードやジェットスキーをしに高田松原などへ連れていってくれていたそうです。
そして、かなり子供の面倒見がよい父親で、積極的にキャッチボールなどをして遊んでくれていたようです。
「家では、お父さんが毎日のようにキャッチャーをやって、朗希とお兄ちゃんが投げ込んでいたそうです。震災後の大変な時期でも野球を続けたのは、お父さんとの思い出もあるんじゃないかな」
引用元:https://smart-flash.jp/
父親の功太さんは、佐々木朗希さんとキャッチボールする中で、
と、幼い頃からその才能を見いだしてくれていたそうです。
父親の佐々木功太さんが野球経験者だったのかは分かりませんが、今の佐々木朗希さんの活躍があるのは父親のお陰なのかもしれませんね。
佐々木朗希と母親のエピソード
母親の佐々木陽子さんは震災で壊滅的な被害を受け、家族と一緒に陸前高田市から大船渡市へ引っ越しをされています。
当時は女手一つで大変苦労をされていたそうですが、子供たちが野球をする姿に励まされていたと言います。
そんな母親の姿を見て、佐々木朗希さんは、
などのエピソードもあり、母親思いの優しい少年だったようですね。
そして、プロ野球選手になった佐々木朗希選手は、母の日の前日のインタビューで、
と母への感謝の気持ちを述べていました。
また、佐々木朗希さんは2021年5月27日の阪神戦でプロ初勝利を挙げると、「ウイニングボールは両親にプレゼント」したいと語っており、母だけではなく父への感謝も忘れていないようですね。
この言葉に佐々木陽子さんは
と本当に感動をされていたようです。
とても素敵な親子関係ですよね。
佐々木朗希の兄弟は2人?
佐々木朗希選手は、男3人兄弟の次男です。
お兄さんは、佐々木琉希(るき)さん。
弟さんは佐々木怜希(れいき)さんと言うそうです。
父親の功太さんが亡くなった後、兄の佐々木琉希さんが父親の代わりになり、弟2人には厳しく接してくれていたそうです。
こちらがお兄さんの佐々木琉希さんの顔画像です。
お兄さんの琉希さんはサッカーがもともと好きだったのですが、野球アニメを見て小学校3年生の時に地元のスポーツ少年団に入団し、そこから高校生まで野球を続けていたそうです。
佐々木琉希さんも、同じく大船渡高校で4番を任されるほどの中心選手でした。
高校卒業後は東北学院大学に進学し、大学卒業後はそのまま東北学院大学の大学院に進学したこともわかっています。
兄の佐々木琉希さんが野球をやっているのを見て、佐々木朗希さんは野球をやることを決めたと言います。
佐々木朗希さんは小さい頃から負けず嫌いで、「小さい頃から兄に負けないように野球を頑張ってきた」と語っていました。
また、佐々木朗希選手の弟の怜希さんも野球をしているそうです。
弟の佐々木怜希さんは、岩手県の「猪川野球クラブ」で内野手として活躍し、全国大会にも出場されています。
#楽天イーグルス杯 で岩手の #猪川野球クラブ が優勝です。決勝で青森の #十和田スリースターズ を4―0で破りました。先制のホームを踏み、ショートの守備でも再三、好プレーをみせた佐々木怜希内野手は、大船渡の147㌔右腕佐々木朗希投手の弟です。#学童野球 #rakuteneagles pic.twitter.com/KMlF9IE6YO
— 日刊スポーツ新聞社東北取材班 (@nikkan_tohoku) November 26, 2017
兄弟3人とも野球の才能を発揮しており、これからが楽しみですね。
まとめ
佐々木朗希さんについて簡単にまとめると、
東日本大震災という辛い過去を乗り越え、これから日本のエースとして活躍する佐々木朗希さんを応援していきたいと思います。